創作のためのメモや創作をする日々について、タイムライン形式で記します。
2020年12月14日
13日より日付が変わって、深夜1時45分ころ。
日記のように記しますので、私にしかわからない話があるかも知れません。また、どの詩のことをさしているかわからない話もあるかも知れませんが、それも含めてお楽しみください。
SNSに記録した話の備忘録としては使用しません。SNSにも創作の話を記していますが、そちらは「SNS」欄に記すこととして、使い分けをします。
どうぞよろしくお願いいたします。
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創作日誌
2021年2月11日
夜更けに詩を一篇書いてみた。日記らしい詩になったが、これまで書いてきた詩とはやや違いがあり戸惑ってしまった。言ってみればレトリックを多用しなかったのだ。しかし方向性としては面白い。推敲をすることで技術的な完成度を高めることはできるが、あえて一時の心であろうとするところなど短歌的な気もした。いや、短歌が推敲されていない訳ではなく手前勝手な理想の話なのだが。
2021年2月3日
今朝方午前1時頃、一篇の詩を書いてみた。これまで「何を書くか」ということばかり考えて詩が先細っていたのを、「いかに書くか」という詩における実践的な行為を思い出したため、書きたくて仕方なかった。思い出したのには様々なきっかけがあるが、それは個人的なことでもあるし詳らかにはしない。
「いかに書くか」を思い出したとき、私は一人暮らしをしていたときの感覚を少し思い出した。しかし今朝方に書いた詩はこれまで書いてきたのとは全く違う詩で、自分でも少し驚いている。「何を書くか」と「いかに書くか」の比重で言えば、「何を書くか」にだいぶ寄っている気がするのだ。手元のコンパスが見えなくならないよう、たまに消しゴムで消しながら書いた。
2021年1月25日
noteにて有料配信詩集『草の子笑ふ』の配信を開始した。当初、推敲はしないつもりだったが、パソコンに打ち込む際に稿を変えたので、結局推敲をすることとなった。やはりお金をもらうということで心に芽生える、その対価への責任は私には特別なことなのかも知れない。しかしでは無料ならば責任がないかというとそういうことではなく、その人が生きるための糧としてのお金をもらって読んでもらうのだから、お金をもらったということに責任がある気がする。なので推敲をすることとした。だがだからといって日記という原則を変えるものではないことは付記する。
2021年1月21日
昨夕から昨晩にかけて、それぞれ詩を一篇ずつ書いた。どうも自分で納得のいかない思いがあり、書けているかもわからない。日記として詩を書いていこうと決めたので、推敲についてはなるべくしないよう考えている。いや、してもいいのだが、自分でそれはルールとして決めた。しかし書き直しについてはルールが曖昧で、いつも詩を書くのに万全なわけではないので、今後も複数篇書いて、うち一篇を採用するということがあるかも知れない。
読み返すのが恐ろしいが、これから読み直してみる。
これらnoteの有料配信の詩は、「本の栞」とそろえて月曜更新にしたい。日程も調整している。
2021年1月9日
昨晩、詩を一篇したためた。作風にやや安定が見られる。現在のスタイルを続けるかはわからないが、詩文に対して違和感を感じ始めたのは確か。かすかな違和感なのでまたいつか書くかも知れないが、詩文の駅を通過した気もする。次の駅へ向かっているのか、新しい駅に着いたのかはまだわからない。次の駅も詩文かも知れないし。
これから一週に一篇というはやいペースで詩を書いていくつもりでいる。四篇を一つとして月に一度ずつnoteにアップし、販売するつもり。価格はおさえて一年間続けてみる。詩で綴る日記といったところか。
2020年12月27日
現在0時24分。
12月23日に日本現代詩人会投稿欄へ詩を投稿した。来年、個人詩誌を創刊するので今年詩人会投稿欄へ投稿した詩は詩誌に掲載しようと思う。それとともに未出の「風景(カゼノイロヅカヒ……)」を掲載するつもりでいる。書き下ろしがあるかはまだ未定。g.o.a.tにも今年のWeb媒体投稿作をまとめたが、詩誌でも改めてまとめる。
12月25日午前3時頃。1篇の詩を書いた。それはもうそのままにしてある。狂気を綴るような詩で、私には切実に必要な詩だと考えている。いつかTwitterに投稿するつもりでいる。
2020年12月14日
13日より日付が変わって、深夜1時45分ころ。
猛然と詩を書く。さして今しかないという心持ちでもなく、また眠るのを惜しむでもなかった。湯船につかりながら整えていた心をさらに整えるように筆をとり、書き始めそのまま2時半ころまで書いていた。
何か部屋そのものと対話をしているような、静かで寂しい丑三つ時の頃合いだった。
2020年12月4日
2020年12月4日
3日より日付が変わって、深夜3時ころ。
時計の音を聞きながら詩を書いていた。自分自身のことを書くのに、やはり書くならば文だなぁ、と思う。今の私にはそれが一番ぴったりしている。
人の言葉から人に触れると、その人の人生のことを考えてしまう。近くにいても遠くにいても、ちょっと風景が違うばかりでその人たちの人生が大きく違っていることを考える。その思考の地点からずっと遠回りをして私自身の心へと帰ってくると、哀しみという言葉や苦悩という言葉、笑まいや怒りなどの言葉の不思議について考えざるを得ない。
この世に置かれたものの、そこに在ることで在る意味について。やはり人と触れあうことは面白い。ものの声は何を語っているか。
2020年11月29日
28日から日付が変わって、深夜1時すぎ。
詩を書く。何を書いたか覚えていないが、読み返すと落胆しそうで恐ろしい。先週か先々週あたりのことをずっと書いていて、この詩の方向性で詩集を一篇編むことを考えた。詩文については詩集を出さぬことを考えている。来年、ある程度の量の詩作をできるといいのだが。
いずれにせよ、私は書くのも読むのも遅い。